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はじまり

198X年(初代晒会会長)山幡恭敬が歯科クリニック院長に就任するに際し、自身の厄落としと事業の繁栄を祈念すべく、裸男となって国府宮神社に樽酒と鯛を奉納したことが始まりです。

以後、山幡恭敬を中心に、親交の深かった新聞記者の国府宮事情に精通する後藤オヤジ(晒会発起人)の先達に助けられ参加団体を組織します。

この団体を「晒会」と命名し、本日に至るまで毎年笹竹奉納をさせていただいています。

発足当初の主な参加者には四人のリーダーがいました。

この四人の名前からそれぞれ一文字を冠して

「正 善 恭 寿」を旗印としています。

正善恭寿の旗印

以後、仲間がなかまを呼び、近年は毎年60名ほどの裸男が笹竹を担いでいる団体となっています。

晒会 集合写真